2017年08月01日

フランスの女優、ジャンヌ・モロー89歳で死去。老衰?

映画「死刑台のエレベーター」「突然炎のごとく」などで知られるフランスの女優、ジャンヌ・モローさんが、パリの自宅で死去した。

 1928年、飲食業の父と英国人ダンサーの母の間に生まれた。国立高等演劇学校で演技を学び、1948年にデビュー。ルイ・マル監督の「死刑台のエレベーター」(58年)や「恋人たち」(同年)、フランソワ・トリュフォー監督「突然炎のごとく」(62年)などに出演して新しい女性像を提示し、“ヌーベルバーグ”(新しい波)の時代を彩った。

 1960年に「雨のしのび逢(あ)い」で、カンヌ国際映画祭女優賞を受賞したほか、内外で多くの映画賞を受賞。晩年までリュック・ベッソン監督の「ニキータ」(90年)などの作品に出演。また、映画祭の審査員としても活躍した。2013年には日本で「クロワッサンで朝食を」が公開された。



◆フランスの大女優、ジャンヌ・モロー(Jeanne Moreau)さんが死去した。89歳だった。代理人が31日、発表した。
 当局関係者によると同日朝、パリ(Paris)の自宅で、亡くなった状態で発見された。
 モローさんは1928年パリ生まれ。父親はフランス人のレストラン経営者、母親は英国出身のコーラスガールだった。父親の希望に逆らい、フランス国立高等演劇学校へ18歳で入学。その2年後、国立劇団コメディ・フランセーズ(Comedie Francaise)に加わった。

 故フランソワ・トリュフォー(Francois Truffaut)監督の『突然炎のごとく(Jules et Jim)』や、ルイ・マル(Louis Malle)監督の『死刑台のエレベーター(Lift to the Scaffold)』、ジョセフ・ロージー(Joseph Losey)監督の『エヴァの匂い(Eva)』など、批評家の絶賛を浴びた20世紀映画に数多く出演。1960年代の自由を体現する女優として輝き、ハスキーな声とはっとする美しさで観客たちをとりこにした。
 1992年には『海を渡るジャンヌ(The Old Lady Who Walked in the Sea)』で、フランスのアカデミー賞(Academy Awards)に当たるセザール(Cesar)賞で最優秀女優賞を受賞。80代になっても現役を貫いていた。

 米国のオーソン・ウェルズ(Orson Welles)監督に「世界最高の女優」と言わしめたモローさんはまた、フェミニストの象徴でもあった。映画界が女性の問題について徐々に意識し始めた時期に、解放された女性の草分け的存在となった。たばこをひっきりなしに吸っていたことを思い出させるしゃがれ声で「肉体的に美しいということは不名誉なことだ」と発言したこともある。

 エマニュエル・マクロン(Emmanuel Macron)仏大統領は追悼の意を表し、モローさんは「映画を体現した」と述べ、「既成秩序に常に反抗する」自由な精神の持ち主だったと語った。

 ウェルズ監督の『オーソン・ウェルズのフォルスタッフ(Chimes at Midnight)』、ミケランジェロ・アントニオーニ(Michelangelo Antonioni)監督の『夜(La Notte)』、ルイス・ブニュエル(Luis Bunuel)監督の『小間使の日記(Diary of a Chambermaid)』など、偉大な監督たちの作品に次々と出演することになったのも、その生き生きとした反抗精神ゆえだった。

 また、ジャン・ジュネ(Jean Genet)やマルグリット・デュラス(Marguerite Duras)といった作家の小説が原作の挑戦的な映画にも好んで出演した。

 優雅に年齢を重ねると、ロージー監督の『パリの灯は遠く(Mr. Klein)』やエリア・カザン(Elia Kazan)監督の『ラスト・タイクーン(The Last Tycoon)』などで準主役級の役を務めた他、米映画監督のウィリアム・フリードキン(William Friedkin)氏との短い再婚を経て『ジャンヌ・モローの思春期(L'Adolescente)』など自らメガホンも取った。

 世界各地の映画賞を受賞した他、フランスの映画製作者に助成金を付与する国の委員会のトップや、1995年のカンヌ国際映画祭(Cannes Film Festival)の審査員を務めるなど、映画界全体にも貢献した。

 60年を超えるキャリアで出演作は130作品以上。生涯で2回結婚し、脚本家で俳優だった最初の夫、故ジャンルイ・リシャール(Jean-Louis Richard)氏との間に息子のジェロームさんがいる。

★ジャンヌ・モロー(Jeanne Moreau, 1928年1月23日 - 2017年7月31日)は、フランスの女優・歌手。
経歴
パリ生まれ。父はフランス人のレストラン経営者、母はイギリス人(イングランド・ランカシャー州出身)のキャバレー・ダンサーで、母の影響を受けて育つ。
パリのフランス国立高等演劇学校 (コンセルヴァトワール)で演技を学び、1947年に演劇デビュー。劇団コメディ・フランセーズで頭角を現す。映画にも出演し始め、ルイ・マルの『死刑台のエレベーター』やフランソワ・トリュフォーの『突然炎のごとく』など、ヌーヴェルヴァーグの監督達の作品で国際的な名声を得る。

ミケランジェロ・アントニオーニ『夜』、ジョゼフ・ロージー『エヴァの匂い』、オーソン・ウェルズ『審判』、ルイス・ブニュエル『小間使いの日記』など、著名な映画監督と組み、ウェルズはモローを「世界で最も偉大な女優」と評した。

マルグリット・デュラス原作の『雨のしのび逢い』でカンヌ国際映画祭主演女優賞を授賞。同じくデュラス原作の『マドモアゼル』では主演を、『愛人/ラマン』ではナレーションを務めている。『デュラス 愛の最終章』では生前親交があったデュラス本人を演じた。

映画界への多大な貢献を評価され、1992年にはヴェネツィア国際映画祭で栄誉金獅子賞を、1997年にはヨーロッパ映画賞で生涯貢献賞を、2000年にはベルリン国際映画祭で金熊名誉賞を、2003年にはカンヌ国際映画祭でパルム・ドール名誉賞を、1995年と2008年にはセザール賞で名誉賞を授与された。

1949年に俳優のジャン=ルイ・リシャールと結婚し、一男ジェロームをもうけるも後に離婚。
1977年に映画監督のウィリアム・フリードキンと再婚したが、1979年に離婚している。
2017年7月31日午前、パリ8区の自宅アパートメント内で倒れた状態で亡くなっているのを家政婦が発見した。その後、代理人とパリ8区長によって死去が発表された。調査結果によれば老衰。89歳没。同日、エマニュエル・マクロン大統領は声明を出し、「映画を体現した」モローに敬意を表した

出生地 パリ
国籍  フランス
配偶者
ジャン=ルイ・リシャール(1949 - 1951)
Teodoro Rubanis(1966)
ウィリアム・フリードキン(1977 - 1979)

 
受賞
カンヌ国際映画祭

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女優賞
1960年『雨のしのび逢い』
パルム・ドール名誉賞
2003年 長年の功績に対して
ベルリン国際映画祭
金熊名誉賞
2000年 長年の功績に対して
ヨーロッパ映画賞
生涯貢献賞
1997年 長年の功績に対して
英国アカデミー賞
女優賞
1965年『ビバ!マリア』
セザール賞
女優賞
1992年『La Vieille qui marchait dans la mer』
posted by 松本 美人 at 15:39| Comment(0) | 死去・忌日 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月21日

ナタリー・ポートマン4年ぶりに来日し、新作「プラネタリウム」のジャパンプレミアやディオールのイベントに登場

ナタリー・ポートマンさん来日し、新作「プラネタリウム」のジャパンプレミアに登場


「プラネタリウム」のジャパンプレミアが本日7月20日に東京・新宿バルト9にて行われ、キャストのナタリー・ポートマンと監督のレベッカ・ズロトヴスキが登壇した。

「美しき棘」のズロトヴスキが監督を務めた本作は、1930年代のフランス・パリで心霊術師として活躍するアメリカ人姉妹の物語。ポートマンが姉ローラ、リリー・ローズ・デップが妹ケイトを演じた。



ポートマンは「こんばんは。私の新しい映画、『プラネタリウム』です」と日本語で挨拶。本作に出演したきっかけについてMCから聞かれると「レベッカの映画が大好きだし、彼女とは友人でもあります。自分をよく知っている監督と仕事ができる、ユニークな機会だと思いました」と答える。


2月に第2子を出産したばかりのポートマンは、4年ぶりの来日に「今回も最高に楽しんでいます。たくさんの方々に会って、美しいものを見て、おいしい日本食を食べました。日本に来るチャンスは絶対に逃さないというくらい日本が好きです」と興奮気味。高校時代には日本語を勉強していたといい、「私の新しい映画『プラネタリウム』です」と映画を日本語で紹介した。さらに、「はじめまして。私の名前はナタリーです。トリ年です」と自己紹介に干支を入れて会場を沸かせていた。

また、元々ズロトブスキ監督と友人だったというポートマンは、自らの妹役にデップを推薦したと話し、「ご両親(ジョニー・デップとバネッサ・パラディ)のことを考えて、英語もフランス語も話せると思いましたし、私たちは家族と言ってもおかしくないくらい似ていると思いました。私の方がずいぶん年上だけど……(笑)。レベッカも彼女を素晴らしい女優だとと思ってくれて、一緒に働けてラッキーだったわ」と述懐した。

一方のズロトブスキ監督は、「すべてを受け入れて夢とは何かを考えてもらいたいです。劇場を出たときに、世界が違って見えるようになっていることを祈ります」と今作をアピール。ポートマンとデップの入浴シーンがあることから、「ナタリーとリリー=ローズの美しい姿を堪能していただきたいですが、すべてのシーンがバスタブのなかというわけではありませんよ(笑)」とお茶目に語っていた。

子役として銀幕デビューして以降、常に第一線で活躍するポートマンは、その秘訣を「新しいことにどんどんチャレンジしていくこと」と告白。「いまだに挑戦する機会を与えられているのは恵まれていると思います。今品でもレベッカがこれまでの私とはまったく違う演技を引き出してくれていて、意義深いことを経験できています」と充実感をにじませていた。




ズロトヴスキは「これから映画をご覧になられる皆さんには、すべてを受け入れて『夢とは何か』ということを考えてもらいたいです。劇場をあとにしたとき、それまでとは世界が違って見えることを祈っています」と観客にメッセージを送った。


ケイト役にジョニー・デップとヴァネッサ・パラディの娘リリー・ローズを推薦したポートマンは「英語とフランス語をしゃべることができる若い女優のキャスティングにレベッカが苦労していたとき、リリー・ローズの写真をたまたま見つけたんです。両親のことを考えれば彼女は英語とフランス語が堪能だろうし、私と似ているとも思いました。私のほうがずいぶん歳上ではあるのですが」と話す。

「日本語を過去に勉強していたそうですが」とMCから聞かれたポートマンは「高校生のときに少し学びました。だいぶ忘れてしまったので恥ずかしいですが……」と前置きしてから「こんばんは。はじめまして。私の名前はナタリーです。酉年です(笑)」と日本語で話し、会場を沸かせた。また、日本の映画に出演したいと思うかという質問に、ポートマンは「チャンスがあればぜひ。日本語で演技ができるかは不安ですが」と回答。ズロトヴスキは「日本語は汚い言葉しか知らないので今は披露しませんが(笑)、日本で撮影するチャンスがあれば逃さないようにしたい。一緒にやりましょう」とポートマンに呼びかけた。

インタビューで
ポートマンは好きな日本語は「かわいい」という言葉です。
自分を変えた作品は「レオン」です。神経が図太くなりました。と語っていました。


イベントでは、ポートマンとズロトヴスキにそれぞれのファーストネームが書かれた番傘が贈られる場面も。ポートマンはカタカナで書かれた自身の名前を「ナタリー」と読み、最後も日本語で「楽しんでください」と笑顔でコメントした。

ジャパンプレミアにはレベッカ・ズロトヴスキ監督も参加。同映画は野心家の姉ローラと純粋な妹ケイトというスピリチュアリストのバーロウ姉妹をめぐる運命の物語。ローラをナタリーが、ケイトをジョニー・デップとヴァネッサ・パラディを両親に持つリリー=ローズ・デップが演じている話題作。
「プラネタリウム」は9月23日より、東京・新宿バルト9ほかにて全国ロードショー。



映画は、1930年代のパリでスピリチュアリストとして活躍するアメリカ人姉妹ローラ(ポートマン)とケイト(デップ)が、とある映画プロデューサーから世界初の心霊映画の製作を持ちかけられ、運命を狂わせていくさまを描く。実在したスピリチュアリズムの先駆者と呼ばれるフォックス3姉妹、フランス伝説の映画プロデューサーとうたわれるベルナール・ナタンがモデルとなっている。



◆「ディオール」が開催した香水と口紅の新作発表イベント「LOVE FOR DIOR」に19日ナタリー・ポートマンさんとディオールのパフューマークリエイター、フランソワ・ドゥマシーさん来場。


★ナタリー・ポートマン Natalie Portman
ナタリー・ポートマン(Natalie Portman, ヘブライ語: נָטָלִי פּוֹרטמן‎‎, 本名:Natalie Hershlag, ヘブライ語: נָטָלִי הֶרְשְלַג‎‎, ナタリー・ヘルシュラグ、1981年6月9日 - )は、主にアメリカ合衆国で活躍するイスラエル出身の女優。

◆体型・measurements
Natalie Portman measurements
Body shape:
Banana (explanation)
Dress size:
2
Breasts-Waist-Hips:
33-25-35 inches (84-64-89 cm)
Shoe/Feet:
8
Bra size:
32A
Cup:
A
Height:
5’3″ (160cm)
Weight:
110 pounds (50 kg)
Real or fake breasts?
Natural (how do we know this?)
靴のサイズは25cm。NicknameはNAT 
キーラ・ナイトレイ(Keira Christina Knightley 1985年3月26日生まれイギリス出身)と激似。

◆生い立ち
イスラエルの首都エルサレムにて、ナタリー・ヘルシュラグ(Natalie Hershlag、ヘブライ語:נטלי הרשלג )として生まれる。
父アブネル・ヘルシュラグはイスラエル人の産婦人科医、母シュリー・スティーヴンスはユダヤ系アメリカ人の元アーティスト(現在はナタリーのエージェント)。ひとりっ子。父方はポーランド・ルーマニア系からの、母方はロシア・オーストリア系からのユダヤ人の血を引く。ルーマニア出身の父方の曾祖母は第二次世界大戦中、イギリスのスパイを務めていた[3]。また父方の祖父母はアウシュビッツ強制収容所で死亡している。芸名のポートマン(Portman)は母方の祖母の旧姓。

3歳の時にアメリカのワシントンD.C.に移住。1988年からはコネチカット州で、1990年からはニューヨーク州ロングアイランドで育つ。インタビューで「私はアメリカを愛しているけど、気持ちはエルサレムにある。そこが本当の家だと思っているから。」と答えている。

ヘブライ語と英語を習ったのち、ニューヨーク州グレンコーブにあるユダヤ人の小学校に入学する。本人曰く、高校時代は、試験では常に平均90点以上を維持し続け、成績はオールAだった。また、高校生の時の化学実験が論文になっている。
これはJournal of Chemical Educationという雑誌に掲載されており、糖の酵素による分解時の水素発生を視覚化するといった内容である。また高校の最終試験を受けるため、『スター・ウォーズ エピソード1/ファントム・メナス』のワールド・プレミアには欠席している。その後、ハーバード大学とイェール大学に現役合格。1999年にハーバードへ進学しローウェル・ハウスに入寮する。
心理学を専攻し、心理学研究所ではアラン・ダーショヴィッツのアシスタントも務めた。また、ハーバード大学法学部生が学生新聞ハーバード・クリムゾンに寄稿したイスラエル人の入植を批難する記事に対し、反論記事を寄せている。2003年に卒業。2004年春にはヘブライ大学大学院にて中東問題の研究に参加。2006年にはコロンビア大学にてテロリズムと対テロ作戦について、ゲストとして講義を行った。

◆キャリア
1990年代
4歳からダンスレッスンを始める。10歳の時にロング・アイランドのピザレストランで、化粧品会社レヴロンのモデルとしてスカウトされる。
当初モデルに興味は無かったがスカウトの「パトリック・スウェイジにも会える」との言葉に惹きつけられたという。モデルよりも演技に興味を持ち、俳優を目指す。

1994年にオフ・ブロードウェイでの舞台『Ruthless!!』でデビューする。同年公開のリュック・ベッソン監督の『レオン』で2000人以上の候補者からマチルダ役に選ばれて映画デビューを果たし、国際的に称賛され、ハリウッド・リポーター誌が後援するヤング・スター賞のドラマ部門最優秀女優賞を受賞。1996年公開の『ビューティフル・ガールズ』でも批評家に絶賛された。一気に注目を集めたものの、『ロリータ』のロリータ役を拒否するなど、ロリータ的イメージやラブシーンを敬遠する。1997年には『アンネの日記』を、1995年刊行の新版を基に新たな視点で描いた舞台で主役のアンネを演じる。

1999年公開の『スター・ウォーズ』新三部作でヒロインのパドメ・アミダラを演じ、上品な美貌と確かな演技力で人気を不動のものにする。この作品で、ナタリー=強く賢い男勝りの美人というイメージが印象づけられた。同年公開の『地上より何処かで』ではスーザン・サランドンの娘役を演じ、ゴールデングローブ賞 助演女優賞にノミネートされた。

2000年代
大学在学中は学業を優先していたため、映画の出演は少ない。2001年にマイク・ニコルズが演出した舞台『かもめ』に出演し、メリル・ストリープ、ケヴィン・クライン、フィリップ・シーモア・ホフマンと共演した。2003年には小さい役ながら『コールド マウンテン』に出演。
2004年に俳優ザック・ブラフの初監督作品『終わりで始まりの4日間』に出演。同年公開の『クローサー』でのストリッパー役でゴールデングローブ賞 助演女優賞を受賞し、アカデミー助演女優賞にもノミネートされた。
2005年には『Vフォー・ヴェンデッタ』で役柄に合わせて髪型をスキンヘッドにし、この姿で第58回カンヌ国際映画祭での『スター・ウォーズ エピソード3/シスの復讐』のワールドプレミアに出席した。同年4月に出演したテレビ番組『サタデー・ナイト・ライブ』では自身の自虐的なラップ・ビデオのパロディに出演。
2008年公開の『ブーリン家の姉妹』ではアン・ブーリンを演じ、同年開催の第61回カンヌ国際映画祭では審査員を務めた。同年、映画製作に興味を持っていることから、映画製作会社(Handsomecharlie Films)を設立。自身初の監督作品である短編映画『Eve』、ホラー映画『サスペリア』のリメイク、自身が主演する『17 Photos of Isabel』を手がける。また、ブラッド・ピットと共演予定の『Important Artifacts and Personal Property from the Collection of Lenore Doolan and Harold Morris,Including Books,Street Fashion,and Jewelry』の映画化作品の企画も進めている。
2009年にクリスティン・アイルワードと共に映画サイト(makingof.com)を開設した。

2010年代
2010年に公開されたダーレン・アロノフスキー監督作の主演映画『ブラック・スワン』では、次第に精神が壊れていくバレリーナ役を9キロ減量して演じ、第83回アカデミー主演女優賞をはじめとするさまざまな賞を受賞。批評面、興行収入面の両方で成功した。
この受賞が大きな話題となり、2011年の日本での公開時には、それまでの出演作品の中では『スター・ウォーズ』シリーズ以来の大ヒットとなった。
2011年1月には主演映画『抱きたいカンケイ』が全米で公開され、週末興行収入初登場1位を獲得。初のラブコメで新境地を開いた。

本名
Natalie Hershlag
ヘブライ語:נטלי הרשלג
生年月日
1981年6月9日(36歳)
出生地
イスラエル、エルサレム
国籍
(二重国籍)
民族
ユダヤ系アメリカ人
職業
女優
活動期間
1994年 -
配偶者
バンジャマン・ミルピエ
(2012年-)
主な作品
『レオン』
『スター・ウォーズ』シリーズ
『クローサー』
『Vフォー・ヴェンデッタ』
『ブーリン家の姉妹』
『ブラック・スワン』
『抱きたいカンケイ』
『マイティ・ソー』シリーズ
『ジャッキー/ファーストレディ 最後の使命』

舞台
Ruthless!! (1994年)
アンネの日記 The Diary of Anne Frank (1997年)
かもめ The Seagull (2001年)
CM
※日本で放送されたもののみ記載
森永乳業 マウントレーニア(2002年 - 2003年)
ユニリーバ・ジャパン(当時:日本リーバ) ラックス スーパーリッチ(2003年 - 2004年)
ディオール(2015年)
ミュージック・ビデオ
ポール・マッカートニー「Dance Tonight」(2007年) - ミシェル・ゴンドリー監督作品
デヴェンドラ・バンハート「Carmensita」(2008年)
ポール・マッカートニー「My Valentine」(2012年)
テレビ
ザ・シンプソンズ The Simpsons (2007年) 声の出演
モデル
クリスチャン・ディオール (2010年〜) モデル、イメージキャラクター

 
受賞
アカデミー賞
主演女優賞
2010年『ブラック・スワン』
放送映画批評家協会賞
主演女優賞
2010年『ブラック・スワン』
2016年『ジャッキー/ファーストレディ 最後の使命』
英国アカデミー賞
主演女優賞
2010年『ブラック・スワン』
ゴールデングローブ賞
主演女優賞(ドラマ部門)
2010年『ブラック・スワン』
助演女優賞
2004年『クローサー』
全米映画俳優組合賞
主演女優賞
2010年『ブラック・スワン』
posted by 松本 美人 at 08:27| Comment(0) | 海外女優 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月19日

毎月19日は『トークの日』薬師丸ひろ子の「あなたを・もっと・知りたくて」"今何してるの、今何処にいるの"

毎月19日は、
●『トークの日』 :
「トー(10)ク(9)」の日。
1986(昭和61)年にNTTが制定。
◎毎月23日は「ふみの日」で、こちらは1979(昭和54)年に郵政省(現郵政公社)が制定。





それに対抗したのかあやかったのか、薬師丸ひろ子の「あなたを・もっと・知りたくて(松本隆作詞・筒美京平作曲)」をテーマ曲にして大々的にCMを打ち、民営化されたばかりのNTTの積極的な姿勢を見せました。
それまで「電電公社」というと、お高く止まったお役所、というイメージが強かったので、このあたりを機に庶民にとって身近な存在となり、民営化の一つの目的は達せられたのではないかと思います。

★薬師丸ひろ子
薬師丸 ひろ子(やくしまる ひろこ、本名:薬師丸 博子(読み同じ)、1964年6月9日 - )は、日本の女優、歌手。東京都港区北青山出身。東京都立八潮高等学校、玉川大学文学部英米文学科卒業。

1978年のデビュー以来、角川映画の中心的存在として人気の頂点を極め、21世紀に入ってからは母親役が似合い、シリアスからコメディな役まで主演・助演の両方をこなすベテラン女優として、また、円熟した歌手として活躍している。

本名 薬師丸 博子
生年月日 1964年6月9日(53歳)
出生地  日本・東京都渋谷区
身長 154.5 cm
血液型 A型
職業 女優、歌手
ジャンル 映画、テレビドラマ、舞台
活動期間 1978年 -
活動内容 1978年:女優デビュー 1981年:歌手デビュー
配偶者 玉置浩二 (1991年 - 1998年、離別)
◆主な作品
映画
『野性の証明』
『翔んだカップル』
『セーラー服と機関銃』
『探偵物語』
『里見八犬伝』
『Wの悲劇』
『病院へ行こう』
『きらきらひかる』
『ALWAYS 三丁目の夕日』シリーズ
『今度は愛妻家』

テレビドラマ
『ミセスシンデレラ』
『熱の島で〜ヒートアイランド東京〜』
『木更津キャッツアイ』
『1リットルの涙』
『Q10』
『泣くな、はらちゃん』
『あまちゃん』
『富士ファミリー』

代表曲
「セーラー服と機関銃」
「探偵物語」 / 「すこしだけやさしく」
「メイン・テーマ」 / 「元気を出して」
「Woman "Wの悲劇"より」
「あなたを・もっと・知りたくて」
「ステキな恋の忘れ方」
「ささやきのステップ」 / 「紳士同盟」
「胸の振子」 / 「終楽章」 / 「時代」
「語りつぐ愛に」

ナレーション
『食彩の王国』

 
◆受賞
日本アカデミー賞
最優秀助演女優賞
2005年『ALWAYS 三丁目の夕日』

◆ブルーリボン賞

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主演女優賞
1984年『Wの悲劇』
助演女優賞
2005年『ALWAYS 三丁目の夕日』『オペレッタ狸御殿』
その他の賞
キネマ旬報賞
助演女優賞
2005年『ALWAYS 三丁目の夕日』『オペレッタ狸御殿』『レイクサイド マーダーケース』『鉄人28号』
報知映画賞
助演女優賞
2005年『ALWAYS 三丁目の夕日』
日刊スポーツ映画大賞
助演女優賞
2005年『ALWAYS 三丁目の夕日』

※オマケの付録
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posted by 松本 美人 at 15:26| Comment(0) | 女優 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする